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2011/09/14

言繼卿記

皆さんは、織田信長との交渉役であったとされる戦国時代の公家、
山科言繼(やましな ときつぐ)」をご存知ですか?

最近の若い人が意外と知っていたりするようですが、
これはTVゲーム「信長の野望シリーズ」↓の中で頻繁に出てくるからなのでしょうね(笑)
山科言継
言繼ったら~、けっこうイケメ~ン!?(笑)


さて、本題はこれからです(笑)
その山科言繼がおよそ50年に亘って書いた日記『言継卿記 (ときつぐきょうき)
(現在、京都大学や東京大学史料編纂所などに保管されています)
の中にしょうゆが出てきます!


ときは永禄2年8月27日! 
次のように書かれています(イイ天気の日だったようですね(笑))

 「永禄二年八月廿七日 丙寅、天、
   長橋局へ罷向、芋一袋・シヤウユウ小桶壹、遺之、・・・」


前後からすると、長橋局(ながはしのつぼね)という女官の風邪のお見舞いとして
芋と一緒にシヤウユウ(しょうゆ)の小桶ひとつを贈ったということのようですね。。。

“しょうゆを使った美味しいイモ料理を食べて元気になってくださいネ!(ハート)”
といったところでしょうか。。。
長橋局、おそらくおイモの大好きな美人さんだったのでしょ~ね!?(笑)

冗談はさておき(笑)、ここで面白いのが、しょうゆの表記が「シヤウユウ」であること
当時の人はこんな風に発音していたのでしょうか?

シヤウユウ、ちょっと言いにくい・・・(笑)

というわけで?(笑)、当ブログのタイトル「せうゆ徒然草」は、
明日から「シヤウユウ徒然草」に変更しま~す!?(嘘爆)

言継 墓標

   ※本当はこの話題、8月27日にブログアップする予定だったのですが・・・(滝汗)
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